I.そもそも、相続税はかかるのか

結論を先に申し上げると、現在の日本で実際に相続税の申告が必要となるご家庭は、相続全体のおおむね一割弱です。残り九割超のご家庭は、相続税の申告を必要としません。これは、後述する基礎控除という非課税枠が設けられているためです。

ただし、平成二十七年の税制改正で基礎控除が大幅に引き下げられて以降、相続税の対象となるご家庭は確実に増えております。特に、都市部・郊外で不動産を保有しているご家庭は、評価額が想像以上に大きくなることがあり、思いがけず申告対象となるケースも珍しくありません。

京築地方は、福岡市や北九州市の中心部に比べれば土地の評価額は控えめですが、行橋市の駅前周辺、苅田町の工業地帯近傍、京築広域の幹線道路沿いなどでは、相応の評価がつく土地もございます。「うちは関係ない」と決めつけず、まずは概算を出してみることから始めるのが安全です。

II.基礎控除──最初の関門

相続税には、基礎控除と呼ばれる非課税枠があります。これを超える遺産がなければ、相続税の申告そのものが不要です。

Formula
基礎控除=三〇〇〇万円+(六〇〇万円×法定相続人の数)

例えば、お父様が亡くなって、お母様と子二人が相続人となる場合、法定相続人は三人なので、基礎控除は次のようになります。

Example
三〇〇〇万円+(六〇〇万円×三人)=四八〇〇万円

つまり、お父様が遺された財産の合計(不動産・預貯金・有価証券・保険金等を相続税法上の評価で合算したもの)が四八〇〇万円以下であれば、相続税の申告は不要です。

Caution

法定相続人の数え方には、相続放棄に関する例外があります。相続放棄をした人がいても、基礎控除の計算上は放棄しなかったものとして人数を数えます。相続放棄により法定相続人が減ったとしても、基礎控除の額は変わりません。

また、養子は実子がいる場合は一人まで、実子がいない場合は二人までを、基礎控除の計算上の法定相続人の数に含めることができます。これ以上の養子は、税法上カウントされません(孫を養子にする節税策の濫用を防ぐ趣旨です)。

III.相続財産の評価

遺産が基礎控除を超えるかどうかの判定では、相続税法上の評価額で財産を合算します。市場価格や売買価格そのままではない点に注意が必要です。

財産の種類 評価方法(概略)
土地 市街地は路線価方式、それ以外は倍率方式。実勢価格のおおむね七〜八割が目安
建物 固定資産税評価額を使用。実勢価格より相当低くなる
預貯金 相続開始日の残高(普通預金は当日残高、定期預金は経過利息も加算)
上場株式 相続開始日の終値、又は当該月・前月・前々月の月末平均額のうち最も低い額
生命保険金 「みなし相続財産」として加算。後述の非課税枠あり

京築地方のご家庭の場合、相続財産の中で土地が占める割合が大きい傾向があります。固定資産税納税通知書の評価額と、相続税の計算で使う路線価評価とは別物ですので、固定資産税評価額だけで「うちは大丈夫」と判断してしまうのは早計です。

Tips

路線価は、毎年七月に国税庁ホームページで公表されます。所在地の路線価図を見れば、土地一㎡あたりの評価額の目安が分かります。これに土地の面積を掛ければ、おおまかな土地の相続税評価額が算出できます。

IV.配偶者の税額軽減

相続税の世界で最も大きな軽減制度が、配偶者の税額軽減です。被相続人の配偶者が相続した財産について、次のいずれか大きい方の金額までは、相続税が課されません。

Limit
① 一億六〇〇〇万円
② 配偶者の法定相続分相当額

つまり、配偶者が相続する財産が一億六〇〇〇万円以下であれば、配偶者には相続税がかかりません。それ以上であっても、法定相続分の範囲であれば非課税です。京築地方の多くのご家庭では、配偶者がこの軽減の恩恵を受けて、税負担が大きく圧縮されます。

Caution

ただし、配偶者の税額軽減には落とし穴があります。一次相続(例えば夫の相続)で配偶者に多く相続させると、その分、配偶者の資産が増えます。配偶者が亡くなる二次相続(例えば妻の相続)では、配偶者の税額軽減は使えません。一次相続と二次相続を通算した場合の税負担を見据えた配分が重要です。

「とりあえず配偶者に全部相続させれば一次相続の税金はゼロになる」と判断する前に、二次相続でどうなるかを試算する必要があります。これは弁護士・税理士の領域です。

V.小規模宅地等の特例

もう一つの大きな軽減制度が、小規模宅地等の特例です。被相続人が住んでいた自宅の土地について、一定の要件を満たすと、その土地の評価額を八〇%減額することができます。

例えば、自宅の土地が路線価評価で五〇〇〇万円だったとして、小規模宅地等の特例が適用されれば、相続税の計算上は一〇〇〇万円として扱われます。これは基礎控除の枠内に収まる可能性を大きく広げ、申告自体が不要となるケースも珍しくありません。

主な適用パターンは次のとおりです。

区分 要件と効果
特定居住用宅地 被相続人の自宅の土地を、配偶者または同居の親族が相続する場合。三三〇㎡まで八〇%減額
特定事業用宅地 被相続人が事業の用に供していた土地を、事業を引き継ぐ親族が相続する場合。四〇〇㎡まで八〇%減額
貸付事業用宅地 賃貸アパート・駐車場などの貸付用の土地。二〇〇㎡まで五〇%減額
Important

小規模宅地等の特例を受けるには、相続税の申告が必要です。「特例の適用後は基礎控除内なので無税」となる場合でも、申告そのものは必須です。申告しなければ、特例は適用されません。これを知らずに申告期限を過ぎてしまうと、特例が使えず、本来不要なはずの税金が課されるリスクがあります。

京築地方の特に農地・宅地を所有しているご家庭では、この特例の活用次第で税負担が大きく変わります。同居要件・事業継続要件など、適用には細かな条件があるため、生前から相続を見据えた居住・事業のかたちを整えておくことが、結果として大きな節税につながります。

VI.生命保険金・退職手当金の非課税枠

被相続人が生命保険に加入していて、相続人が保険金を受け取った場合、その保険金は「みなし相続財産」として相続税の課税対象になります。ただし、相続人が受け取る生命保険金には、次の非課税枠があります。

Formula
生命保険金の非課税枠=五〇〇万円×法定相続人の数

同じく、被相続人の死亡退職金にも、別枠で五〇〇万円×法定相続人の数の非課税枠が設けられています。

生命保険金は受取人固有の財産であり、原則として遺産分割協議の対象となりません。後継者や特定の相続人に手厚く渡したい資金を、非課税枠を活用して事前に組み立てておくことは、相続税対策と遺産分割対策の両面で有効です。

VII.申告・納税の期限と、相続争いとの関係

相続税の申告期限は、相続の開始を知った日の翌日から十か月以内です。納税も原則としてこの期限内に、金銭一括で行う必要があります。

十か月という期間は、財産調査・遺産分割協議・申告書作成という工程を考えると、決して長くはありません。とりわけ遺産分割協議が長引いた場合、申告期限までに分割が確定しないケースが出てきます。

この場合は、いったん未分割のまま法定相続分で申告を行い、その後に分割が確定した時点で修正申告・更正の請求を行うことになります。ただし、未分割のまま申告すると、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が使えません。これらの特例は、原則として分割が確定していることを前提とするからです。

Caution

「申告期限後三年以内の分割見込書」を添付することで、申告期限後三年以内に分割が確定すれば、遡って特例を適用できる救済措置があります。ただし、これは「期限内に分割の方針が立っている」ことが前提です。相続争いが長引くほど、相続税の負担も重くなる──これが、相続争いを早期に決着させるべき経済合理的な理由の一つです。

VIII.弁護士の役割──税理士との連携で進める

相続税の申告書を作成するのは税理士の業務です。しかし、申告に至るまでの遺産分割協議の進め方は、相続税の負担を大きく左右します。「誰が、何を、どう相続するか」によって、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例の適用可否が変わるからです。

当事務所では、京築地方のご家庭の相続税対策・遺産分割について、提携する税理士と連携しながら、税負担と家族関係の両方を見据えた助言を行っております。「相続税がかかるかどうかすら分からない」「税理士に相談する前に、弁護士に状況を整理してほしい」というご相談を、お受けしております。

とりわけ、生前から準備できる場面(遺言・生命保険の組み立て・小規模宅地等の特例を見据えた同居の整理など)では、早めの相談ほど選択肢が広がります。「相続税はまだ先の話」とお考えのうちこそ、最も多くの対策が打てる時期です。