自筆証書遺言は、ご自身の手で書いて押印するだけで作成できる、手軽な遺言方式です。費用もかからず、誰の立会いも要らない。一見、最も親しみやすい方法に見えます。
けれども、相続実務の現場では、「せっかく書かれた遺言が、要式の不備で無効と判断された」という事例が、いまも後を絶ちません。本稿では、自筆証書遺言を書こうとされる方に、最低限知っておいていただきたい七つの注意点を、簡潔にお伝えいたします。
I日付の特定性
自筆証書遺言には、「年・月・日」がすべて特定できる形で記載する必要があります(民法第968条第1項)。
これを怠ると、遺言全体が無効になります。よくある失敗例は次のとおりです。
- 「令和七年吉日」──日が特定できないため、無効
- 「七月吉日」──年と日が特定できないため、無効
- 「私の七十歳の誕生日」──客観的に特定可能なら有効と判断された判例あり
確実なのは、「令和七年七月十日」「2026年5月21日」のように、具体的な日付を書くことです。
II全文の自書(財産目録の例外)
自筆証書遺言の本文は、全文をご自身の手で書く必要があります(同条同項)。パソコン作成、代筆、録音、動画はいずれも認められません。
ただし、2019年の法改正により、「財産目録」については例外が認められました。財産目録部分は、パソコン作成・銀行通帳のコピー・登記事項証明書の添付などが可能です。ただし、各ページに署名・押印が必要です(同条第2項)。
III署名と押印
本文の末尾に、ご自身の氏名を自書し、押印する必要があります。
「いつもの三文判ではいけませんか」とお尋ねを受けることがあります。法律上は、認印でも有効です(最高裁判決によれば、指印でも可)。ただし、後日の偽造・なりすましの争いを避けるため、実務上は実印を用い、印鑑登録証明書を添付するか別途保管しておくことを強くお勧めいたします。
IV訂正方法の厳格さ
自筆証書遺言で意外と多いトラブルが、訂正方法の不備です。書き間違いを直すには、民法第968条第3項に定める厳格な訂正方法に従う必要があります。
具体的には、次の手順です。
- 変更箇所を二重線などで明示する
- そこに正しい記載を書き加える
- 変更箇所の近接位置に押印する
- 遺言書の末尾等の余白に「○行目中、何字削除、何字加入」と記し、署名する
この訂正方法に少しでも不備があると、訂正自体が無効となるか、最悪の場合、遺言全体が無効と判断されかねません。訂正したくなったら、書き直す方が安全です。
V財産の特定──「家」「預金」では足りない
「長男に家を相続させる」──こう書いて、果たして特定できているでしょうか。
家屋が一つしかなければ問題は起きにくいですが、もし別宅、別荘、貸家、物置などが複数あれば、どの家か特定できないため争いの種になります。
不動産は、登記事項証明書のとおりに記載するのが鉄則です。
- 土地:所在、地番、地目、地積
- 建物:所在、家屋番号、種類、構造、床面積
預貯金についても、「○○銀行行橋支店 普通預金 口座番号○○○○○○○」のように、銀行名・支店名・預金種別・口座番号で特定する必要があります。
VI遺言能力
遺言を書く方には、「遺言能力」が必要です(民法第963条)。これは、遺言の内容を理解し、その結果を弁識する能力を指します。
たとえば、認知症が進行している方が書いた遺言は、後日「能力がなかった」として、相続人から無効を主張されるリスクが高まります。判断に迷うほどお元気でない時期に書かれた自筆遺言は、紛争の温床になりやすい。
遺言能力が争点になりそうな場合は、診断書を取得しておく、医師の立会いを得る、公正証書遺言を選択するといった備えが有効です。
VII保管と検認
書き上げた自筆証書遺言は、保管場所も大きな課題です。
- ご自宅で保管 → 紛失、改ざん、家族による発見漏れのリスク
- 銀行の貸金庫 → 死後、銀行が開けてくれない問題
- 信頼する人に預ける → その方との関係次第でリスク
令和2年(2020年)7月10日から始まった法務局による「自筆証書遺言書保管制度」は、これらのリスクを大きく解決する仕組みです。法務局(京築地方なら福岡法務局行橋出張所が窓口)で1通3,900円の手数料で保管してもらえば、改ざん・紛失の心配が消え、家庭裁判所の検認手続も不要となります。保管申請時に法務局職員による形式チェック(日付・署名・押印など)も受けられるため、要式不備による無効リスクを大きく減らせる点も大きな利点です。
なお、保管制度を利用しない自筆証書遺言は、相続開始後、家庭裁判所での「検認」手続を経る必要があります(民法第1004条)。検認には1〜2か月程度かかり、相続手続全体を遅延させる要因になります。
注意したいのは、検認はあくまで遺言書の形式・状態を保全するための手続であって、遺言の有効性を判断するものではないという点です。検認を経た遺言が、後日無効とされることもあります。
ここまでお読みいただき、「思った以上に注意点が多い」と感じられたなら、それが正常な感覚です。自筆証書遺言は、手軽そうに見えて、実は実務的なリスクが集中する方式でもあります。
私たち弁護士が、ご相談者に原則として公正証書遺言をお勧めするのも、こうした実情があるためです。それでも自筆で書かれるなら、本稿の七つの注意点を、書く前にもう一度ご確認ください。それが、ご家族に「無効な遺言」を残さないための、最低限の備えです。
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